1995年のMTVビデオ・ミュージック・アワードのマイケル・ジャクソンの「Dangerous」。このパフォーマンスは、私の人生観を変えるほどの衝撃でした。鋭角的な動き、息をのむような精密さ、そして全身から放たれる圧倒的なオーラ。その記憶は今でも鮮明で、気づけば私は中学時代の文化祭で、仲間たちと夢中でこの「Dangerous」を踊っていました。もちろん、完成度はお世辞にも高いとは言えませんでしたが、あの時の興奮と達成感は忘れられません。
しかし、マイケルの「Dangerous」を本当に「踊りこなす」というのは、とてつもなく難しい挑戦です。単に振り付けを覚えるだけでは、あの独特の雰囲気、あの「マイケルらしさ」は決して再現できません。では、私たちはどうすれば、あの神髄に少しでも近づくことができるのでしょうか。
今回、私は改めて様々な情報源を基に、マイケル自身の言葉や、彼の右腕として活躍した振付師の証言などを徹底的に調査しました。この記事では、その調査結果と私自身の経験を踏まえ、「Dangerous」という途方もない作品を踊りこなすためのヒントを分析していきたいと思います。
キングの精神性:マイケルの言葉に学ぶダンス哲学
「Dangerous」の振り付けを理解する前に、まずマイケル・ジャクソンというアーティストがどのような精神でパフォーマンスに向き合っていたのかを知る必要があります。彼の言葉には、そのヒントが数多く隠されています。
完璧であることへの執念
マイケルは常に「最高」であることを目指し、そのためには一切の妥協を許しませんでした。「完璧主義者に、研究者に、訓練を積む者に、そして最高の達人になる」という彼の言葉は、その姿勢を端的に表しています。彼は単に才能に恵まれていただけでなく、ダンスの歴史を深く研究し、自らを革新し続ける努力家だったのです。
この完璧主義は、彼のパフォーマンスにおける驚異的なまでの精度に繋がっています。すべての動き、一瞬の静止、視線の一つ一つが計算され尽くされている。偶然の産物など何一つない、それがマイケルのステージでした。
「ダンスになる」ということ:「信じる人」であれ
マイケルはよく「『演技をする人』じゃなく『信じる人』であるべきなんだよ」と語っていました。これは、単に振り付けをこなすのではなく、そのキャラクターや感情に完全に没入し、自分自身が「ダンスそのもの」になるべきだという意味です。古い自分を捨て去り、音楽と一体化する。その信念こそが、観る者の魂を揺さぶるパフォーマンスを生み出すのです。
この考え方は、「Dangerous」のパフォーマンスにおいても極めて重要です。あのシャープで、時に挑発的な「危険な」雰囲気を醸し出すには、表面的な模倣ではなく、その役になりきる深い没入感が求められます。
「最も驚異的なトレーニングシステム」と精神的プログラミング
では、そのような高みに到達するために、マイケルはどのようなアプローチを取っていたのでしょうか。彼は「最も驚異的なトレーニングシステムを身につけなければ“ならない”。しっかり理解して取り組むんだ。それを自分のものにするまで」と述べています。これは、ただ闇雲に練習するのではなく、体系的で知的なアプローチの重要性を示唆しています。
さらに、「僕らはなりたい自分になるように自分でプログラムできる…学んで実践するシステムで精神的、身体的にプログラムして」という言葉からは、彼がメンタルトレーニングや自己暗示といった手法も重視していたことがうかがえます。肯定的なアファーメーション(「あなたは良い人です、きっとうまくいきます」といった言葉)を録音したテープを聴いていたというエピソードもあり、厳しい自己要求とプレッシャーの中で、ポジティブな精神状態を維持しようとしていたのでしょう。
「Dangerous」のような難易度の高いパフォーマンスに挑戦する私たちにとっても、この「精神的なプログラミング」は非常に重要な要素となるはずです。
ちなみに私はパフォーマンス時にマイケルのコスプレをすることによって、「自分自身ではない」とのプログラミングをしています。
簡単なところからで良いので何かしらの形で自己暗示をかけることから始めると良いかもしれません。
「Dangerous」誕生の秘密:振付師ラヴェル・スミス・ジュニアの証言
マイケルの長年のコラボレーターであり、「Dangerous」の共同振付師でもあるラヴェル・スミス・ジュニアの言葉は、この作品がどのようにして生まれたかを知る上で非常に貴重です。
「スライシング・ミート」という名の衝撃
スミス氏によると、マイケルは彼に特定のビートに合わせて踊るよう求め、スミス氏が「シャープなミリタリー調の動き」を披露したところ、マイケルは「それだ。それがDangerousだ」と即座に反応したそうです。マイケルはこの動きを「スライシング・ミート(肉を切り裂くような動き)」と呼びました。このエピソードは、「Dangerous」の持つ鋭利で攻撃的な振り付けの核心が、まさにこの瞬間に生まれたことを示しています。
常識を打ち破る身体表現
「Dangerousで我々がスライドして足を開くとき、あれは人体が自然には行わないようなポジションを試していたんだ」とスミス氏は語っています。この言葉は、彼らが常に既存のダンスの枠を超え、革新的で身体的にチャレンジングな表現を追求していたことを物語っています。あの衝撃的な動きは、まさにそのような探究心から生まれたのですね。
マイケルの教え:「グルーヴ」と「音楽との対話」
スミス氏がマイケルから受けた最も重要なアドバイスの一つが、「グルーヴを掴み、本当に動き回り、体全体を使わなければならない…自分の動きを安売りしてはいけない」というものだったそうです。そして、「マイケルは私に、本当に音楽に語らせることを教えてくれた。振付師として我々は立ち上がることに必死で、聴くことを忘れてしまう」とも。
テクニックにばかり気を取られ、音楽そのものと対話し、音楽が持つフィーリングを全身で表現することを忘れるのではなく、「Dangerous」を踊る上でも、この「音楽に語らせる」という意識は、最も大切にすべきことの一つと言えるでしょう。
しかし個人的には上記の次元に達するには振り付けを何も考えくても自然に踊れるまで体に入れる必要があると感じています。結局”圧倒的な練習量”を”考えながら”こなしていくことが必要なのではと。
「Dangerous」を踊りこなすための必須テクニック
マイケルの言葉や振付師の証言を踏まえた上で、「Dangerous」を構成する具体的なダンステクニックについて見ていきましょう。
1. リズムの精度とシンコペーションの妙技
「Dangerous」の楽曲は、ニュージャックスウィング特有のシンコペーション(通常のリズムとは異なる位置にアクセントを置くこと)が多用されています。マイケルのダンスは、この複雑なリズムを正確に捉えるだけでなく、時にリズムを「予期」し、「導く」かのように展開します。単にビートに合わせるのではなく、ビートと「遊ぶ」感覚。メトロノームを使った基礎的なリズム練習はもちろんのこと、楽曲を深く聴き込み、そのグルーヴを身体で感じることが不可欠です。
2. アイソレーション:身体の各パーツを自在に操る
マイケルのダンスの大きな特徴の一つが、身体の特定の部分だけを独立して動かす「アイソレーション」の技術です。頭、肩、胸、腰。それぞれのパーツが、まるで別々の生き物であるかのように、精密かつシャープに動きます。「Dangerous」のあの鋭角的な動きや、ピタッと止まる瞬間の美しさは、この高度なアイソレーション技術の賜物です。
3. 流動性とシャープネス:相反する質の共存
マイケルの動きは、水のように滑らかで流動的な側面と、カミソリのように鋭くシャープな側面を併せ持っています。この相反する質感を瞬時に切り替え、コントロールする能力は、まさに驚異的です。「Dangerous」では、このダイナミックな緩急の使い分けが、パフォーマンスに緊張感と奥行きを与えています。
これには様々な技術が必要と思います。
私個人的にはマイケルはバレエなどのような指先までしなやかに美しくなければならないダンスも取り入れていたことが、このような相反性を実現しているのではないかと感じます。
4. コアとなるダンススタイル
- ポッピング:筋肉を瞬間的に収縮させて「ヒット」を生み出すテクニック。「Dangerous」の多くのスタッカートな動きやロボットダンスのような表現は、このポッピングがベースになっています。
- ロッキング:「ポイント」(指を差す動き)やアームロール、フリーズ(静止)といった動きが特徴。ファンキーでエネルギッシュな雰囲気を生み出します。
- ジャズダンス:低い重心(プリエ)からの力強い動き、シャープなターン、角度のあるラインなど、ジャズダンスの要素も随所に見られます。マイケルの流れるようなトランジション(動きの繋ぎ)やステージ全体を使ったダイナミックな移動は、ジャズのテクニックに裏打ちされています。
これらの多様なスタイルを、マイケルは単に組み合わせるのではなく、彼自身の言語として完全に消化し、統合していました。
「Dangerous」習得への道:5つのフェーズで神髄に迫る
では、具体的にどのように「Dangerous」の習得に取り組めばよいのでしょうか。私は、以下の5つのフェーズでアプローチすることをおすすめします。
フェーズ1:深い研究と聴覚・視覚的刷り込み
まずは、公式ビデオや質の高いライブパフォーマンス映像を繰り返し、集中的に視聴することから始めます。マイケルの動きだけでなく、そのエネルギー、表情、視線の使い方まで、あらゆるニュアンスを吸収するつもりで観察します。同時に、楽曲「Dangerous」を何度も聴き込み、リズム、楽器の構成、歌詞、そして曲全体が持つ感情的なストーリーを深く理解します。マイケルが言ったように「音楽に語らせる」ためには、まず自分が音楽の語り部にならなければなりません。
フェーズ2:振り付けの徹底解体
パフォーマンス全体を、イントロ、ヴァース、コーラス、ダンスブレイクといった大きなセクションに分け、さらにそれを8カウント程度の短いフレーズに細分化します。そして、各フレーズの主要な動き、足の運び、腕の角度、身体の向き、トランジションを一つ一つ丁寧に分析し、記録していきます。
スロー再生機能などを活用するのも有効でしょう。
フェーズ3:テクニカルドリルとマッスルメモリーの構築
分解した個々の動きや短いフレーズを、まずはゆっくりとしたテンポで、正確なテクニックを意識しながら繰り返し練習します。アイソレーション、ボディライン、体重移動など、基本的な身体の使い方に徹底的にこだわりましょう。正確性が増してきたら、徐々にスピードを上げていきます。マイケルが「最も驚異的なトレーニングシステム」と語ったように、反復練習によって動きを身体に染み込ませ、マッスルメモリーを構築することが重要です。
フェーズ4:音楽性との完全なる融合
テクニックがある程度身についてきたら、次はその動きを音楽と完全に一体化させることに集中します。音楽のアクセントを的確に捉え、シンコペーションを身体で表現し、曲のダイナミクス(強弱)に合わせて動きの質を変化させます。単にカウントに合わせて動くのではなく、音楽の持つ「グルーヴ」そのものになることを目指します。
フェーズ5:パフォーマンスの体現 – マイケルの魂を宿す
そして最終フェーズは、マイケルが言うところの「信じる人」になることです。「Dangerous」という楽曲が持つ、自信に満ち溢れ、エッジが効いていて、それでいて抗えないほど魅惑的な「態度」を全身全霊で表現します。もはやそれは、単なるステップの模倣ではありません。動きの背後にある意図を理解し、マイケルの魂を自分の中に宿らせるかのように、全身全霊でパフォーマンスするのです。
この5つのフェーズは、マイケル自身の創作アプローチ、つまり深い研究と分解、厳格な訓練、そして音楽と感情の完全な統合、というプロセスを踏襲した流れです。
模倣を超えて:ステージプレゼンスを磨き上げる
「Dangerous」を踊りこなすためには、振り付けの技術だけでなく、マイケル・ジャクソンならではの圧倒的なステージプレゼンスを身につけることも不可欠です。
それは、絶対的な自信、視線一つで観客を惹きつける力、音楽の感情を増幅させるボディランゲージ、そして動きを通して物語を語る表現力。これらはすべて、彼が「信じる人」として完全に役に入り込み、観客と一体化することで生まれてくるものです。
日々の練習の中で、ただ動きをなぞるだけでなく、常に「何のためにこの動きをするのか」「何を伝えたいのか」を自問自答し、精度、クリーンさ、そして最後までエネルギーを持続させる持久力を徹底的に磨き上げることが重要です。
終わりなき探求こそがマイケルの精神
マイケル・ジャクソンの「Dangerous」を「完全にコピーする」ということは、単に技術的な完璧さを追求することだけではありません。それは、彼自身が体現した、卓越性への飽くなき探求、革新への挑戦、そして芸術への深い献身という「精神」そのものを学び、追体験する旅なのです。
私自身、文化祭で踊ったあの時から、ずっとマイケルの背中を追い続けています。そして、「Dangerous」という作品に向き合うたびに、新たな発見と、彼への計り知れない尊敬の念が湧き上がってきます。







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